今回はいつもと違って、nekonekoの記事ではありません。
札幌在住のライター 佐藤 優子さんが、「小樽人」に寄稿してくださいました。
この夏に銭函のsunaie(スナイエ)でジュエリーの作品展を開いた武市知子さんのインタビューです。
テレビ・雑誌等、様々なメディアで取り上げられている武市さんですが、
こちらのインタビューはかなりご本人の素顔に近いのではないかと思います!
深まる読書の秋、じっくりお読みください。
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●小樽人 寄稿 ライター 佐藤 優子
ドイツ国家公認宝飾細工師マイスター・宝飾作家
武市 知子
Takeichi Satoko
「好き」をあきらめない
強さが輝きに
●小樽の銭函で宝飾作家としての一歩を踏み出す
記者がはじめて武市知子さんの存在を知ったのは、
2016年1月のことでした。
小樽市銭函の海辺のアートスペース「sunaie(スナイエ)」で開かれた
トークショーがきっかけです。
このトークショーは、2012年から武市さんを知る「小樽人」編集者とsunaieが、
「武市さんのことをもっと大勢の人に知ってもらいたい」と企画したもの。
「15歳で単身渡独し、バイエルン州初の日本人宝飾細工師マイスターになり、
2015年に工房10周年を迎えた」という
ドラマチックな経歴の片りんをうかがっただけでも
「すごい!」の一言ですが、
トークショーに現れた武市さんご本人も、
凛とした輝きをお持ちの、とても素敵な女性で、
ミュンヘンでの暮らしやマイスターになるまでの道のりを
たっぷりと語ってくれました。
それから半年後、2016年7月9日・10日の2日間にわたり、
ご本人がはじめて「作家・アーティスト」として作品を発表した展覧会が実現。
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ドイツ国家公認宝飾細工師マイスター・宝飾作家 武市知子作品展
mit dem Herzen sehen, im Herzen tragen
心でみる。心に纏う。
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一般的な「ジュエリー」という概念にとらわれない、
大胆にして緻密な創造力で、大勢の来場者を魅了しました。
「実家は札幌ですが母方の実家が小樽にあり、小樽の病院で生まれた」という
武市さんの作家・アーティストとしての第一歩が、
さまざまな出会いを経て、ここ小樽の地で刻まれるまでには
一体どんな道のりを歩いてこられたのか。
ぜひ、ご本人の口から聞いてみたい!
そう思い、作品展開催前に札幌でお話をうかがいました。
●15歳で単身留学、言葉に頼らない自己表現
いまも年に1、2回、実家がある札幌とミュンヘンを
行き来している武市さん、その生い立ちは、
母親が武市さんを生んだあと、「二度目の大学生活」を始めたことから、
4歳まで小樽の祖父母に頻繁に預けられた幼少期を過ごしました。
幼いながらも小樽の思い出は数多く、
「駅前のビルに外が見えるエレベーターがありましたよね。
あれに乗って上の階に行くのが大好きでした。
祖父と一緒に映画館をはしごしたことも覚えています」
身のまわりのものを顕微鏡でのぞいてはスケッチを描いていた
小学生時代の夢は、「化学者」。
苦手な早起きさえも苦にならず、夢中になって見ていた
テレビ番組の「高校の化学」や「高校の生物」は、
のちにドイツで高校の授業を理解するのにおおいに役立ったといいます。
中学に進んでからはアインシュタインやニーチェの著作を読みふけり、
世界の賢人たちのことばを吸収。
4歳からピアノを始め、「音楽といえばクラシック」だった耳が、
「ヘヴィメタル」という衝撃的なジャンルを知ったのもこのころです。
世界には自分が知らないことがいっぱいある――。
多感な心に火がついた10代の武市さんは、とうとう
「自分の視野を広げるために世界を見てみたい!」と、
“海外進出”を決意します。
当初は娘を心配し、猛反対していた両親も
最後は本人の意志を尊重し、応援してくれました。
母親の知人からミュンヘンの音大を勧められ、
現地の普通高校の音楽科に通いながら受験準備をするプランのもと、
ドイツ南部バイエルン州の首都ミュンヘンの高校に入学が決まりました。
15歳の単身かつ初めての海外暮らし。
ドイツ語もまだ流暢に話せなかった武市さんが頼りとしたのは、
自分の「好き」や「特技」で自己表現することでした。
「私の場合、3歳から伯父に鍛えてもらったスキーや、
4歳から始めたピアノ、好きだった美術、化学の知識などの特技で、
周囲に“サトコはこういう子だ”と知ってもらうことができました。
そう考えると、人生にムダなことってないな、と思います」
●職業紹介所で出会った「宝飾細工師」という仕事
武市さんが向かったドイツには、
職業別組合ギルドの伝統に基づくマイスター制度が根づいており、
さまざまな手工業が国家資格として認定されています。
金・宝飾細工もそのひとつです。
マイスターになるまでの仕組みを少し駆け足で紹介すると、
学校と工房見習いの両方で鍛える
デュアルシステム(職業訓練システム)にのっとり、
見習い、公認職人資格であるゲゼレ(熟練工)、国家資格のマイスターという
3つのステップを上っていきます。
「こちらの宝石店の基本スタイルは、工房と店舗がつながっていて、
職人も店頭に立って接客をします。お客様の要望を汲みとる訓練になるので、
工房見習いで実践を積めるのはデュアルシステムならではの魅力だと思います」
武市さんが宝飾細工師という仕事と出会ったのは、職業紹介所でのこと。
「ジュエリーはどう?」
高校を卒業後、デザインの勉強やバンド活動など、
自分の好きなことをとことん追求し、楽しんできた
武市さんの経歴を聞いた担当者が導き出した
本人にとっては「思いもかけない、けれども面白そうな」選択肢でした。
その後、3年半の見習い時代を経て、ゲゼレとなり、
さらに1年間通学した全日制のマイスター学校を
首席で卒業した武市さんは、バイエルン州文部大臣より表彰。
2005年、マイスターの国家試験に合格し、
バイエルン州初の日本人宝飾細工師マイスターの称号を手に入れます。
同時にギャラリー工房「テラ・アウリ」を開き、
市内に300軒近くある宝石店の仲間に加わりました。
ミュンヘンに暮らして18年目、33歳の船出でした。
●身に付ける人の人生の一部になるジュエリーを
それから10年が過ぎ、いまでは100人近くの顧客を持つ
宝飾細工師マイスターの武市さん。
「最近増えてきた“全部おまかせ”のオーダー」や、
ネットでも購入できる定番シリーズ、
なにを作るにしても、職人としての思いはいつも同じです。
「身に付ける人の人生の一部になるジュエリーを作りたい。
私のジュエリーを身に付けることで
ご本人もジュエリーも《一足す一は二以上》の輝きをまとってほしい。
そのお手伝いをしているつもりです」。
マイスターになってから確信したのは、「この仕事は天職だ」ということ。
「ジュエリー制作なら金属も鉱物も薬品も使うので
小さいころからの化学好きも満たされますし、審美眼も試される。
これ以上望めない天職との出会いでした」。
けれども、ここで「ただし」と付くところに、
武市さんをご本人たらしめている最大の魅力があります。
宝飾細工師の仕事は間違いなく天職だけれども、
マイスターの自分は、自分という人間のほんの一部。
音楽やアートなどいろいろな分野の窓を開けて得たものが
自分の一部になり、
これからもまだまだ新しい「好き」と出会い、のめりこみ、
自分の知らなかった自分が出てくることを楽しみたい――。
この「好き」を容易にあきらめない姿勢や、
つねに変化していく自分を恐れないたくましさが、
武市さんがつくるジュエリーを、そして武市さん自身を
凛と輝かせているのではないか、と思うのでした。
“自分の好きなことってなんだっけ?
毎日を忙しがってばかりいて、
すっかり遠ざかってしまった趣味があったような…”
武市さんのエネルギッシュな道のりをうかがっていると、
心の奥でそんな問いかけが聞こえてくるような心持ちになりました。
昨年、武市さんはギルドを原型とする伝統工芸の組合、
イヌング金細工師組合の理事に選ばれました。
修業時代の恩師である名匠ヨハン・ニッグルさんと同じポストであり、
外国人マイスターが理事に選ばれるのは、
異例中の異例なことだともいわれています。
これを「とても名誉なこと」と喜ぶ一方で、
武市さんのまなざしは、すでに前を向いています。
「技術もまだまだですし、やりたいことがいっぱいあります。
今回、sunaieで作品展が実現できたことも、
自分にとって大切な通過点のひとつになりました。
これからも自分の器を広げていきたいです」
またいつか、sunaieで新たな輝きをまとった武市さんの作品を見てみたい――。
待つ甲斐のある、小樽の〈お楽しみ〉が増えました。
●プロフィール 武市知子(たけいち・さとこ)さん
1972年北海道小樽市生まれ、札幌市育ち。北海道教育大学教育学部附属中学校を卒業後、単身ミュンヘンの高校に留学。学校のかたわら、市立リヒャルト・シュトラウス音楽院ピアノ科教授に師事。高校卒業後は絵画の勉強やバンド活動をしながら、現地スクールの造形デザイン科を修了。職業紹介所で宝飾細工を勧められ、3年間の職業訓練システムで公認職人資格を取得。金細工職人協会特別賞を受賞。その後ミュンヘン市立金細工師マイスター学校を首席で卒業。2005年国家試験に合格し、バイエルン州初の日本人宝飾細工師マイスターとなり、ギャラリー工房「TERRA AURI」を開業。2015年イヌング金細工師協会理事に選任。ダイヤモンド鑑別士・宝石鑑定士。ミュンヘン在住。
TERRA AURI http://www.terraauri.com/
取材・文 佐藤優子
佐藤優子ブログ http://mimibana.exblog.jp
企画協力 小樽人編集部 杉本真沙彌