小樽には遅い冬がどかっとやってきました。
北国の冬は、ゆるくないです。
少々の覚悟を決めて、約4カ月の冬を越していかなければなりません。
小樽に暮らす人はもちろん、外で生きる猫たちも……。
冬の小樽に通いつづけ、撮りためた猫たちの写真集「北に生きる猫」がこの11月に河出書房新社から出版されました。
写真家・土肥美帆さんの初めての写真集です。
そこには、なんとなく見たことのあるような小樽の景色の中に、厳しい冬をたくましくも健気に生きる猫たちの姿があります。
寒い冬の小樽に通いつめてしまうほど、土肥さんの心を捉えてしまった猫たち。
猫の姿は写真集でじっくり見て、感じていただくとして、
ここでは、土肥さんと猫、小樽の街や人との関わりなどについてのお話です。
土肥美帆(どい・みほ)さん プロフィール
北海道登別市生まれ、滋賀県草津市在住。
写真家。2014年から小樽で生きる猫たちの姿を撮り続けている
2016年 JPS展 文部科学大臣賞
2017年 ニッコールフォトコンテスト大賞(モノクロームの部)
2015・16年 岩合光昭ネコ写真コンテスト グランプリ
2016・12年 滋賀県写真展覧会 芸術文化大賞
2015・17年 京都現代写真作家展 琳派400年記念賞 準大賞
2017年 「ナショナルジオグラフィック」12月号に掲載
「猫たちの生への営みを
命の繫がりを 強さを 逞しさを 孤独、そして弱さを
全てが美しく愛おしいと思った。」
土肥美帆 写真集「北に生きる猫」あとがきの言葉より
人生の転機に出会った写真と猫
—土肥さんが写真を撮り始めたのはどんなことがきっかけですか。
大病をわずらったあと、自分の記録として身の回りの好きなものや感動したものを撮ろうとしたのがきっかけです。結婚したのもその頃で、それを機に北海道から大阪へ引っ越しました。友だちもいないし、一人でカメラを持って街へ出かけ、撮っているうちにだんだんはまってきて写真教室に通うようになりました。
—猫を撮り始めたのはいつ頃ですか。昔から飼っていたのですか。
2008年に初めて猫を飼いました。それまでは私も夫もどちらかというと犬派で、犬を飼おうとしたのですが、私は柴犬、夫は大型犬。どちらも譲らず、喧嘩になってしまって、妥協案で猫になりました。三毛猫の子猫で、それはかわいくて、かわいくて。それから猫がだんだん被写体の中心になっていきました。
—犬派だったのが猫派になり、猫をどんどん撮るようになっていったのですね。
はい。猫がジャンプをしている写真が撮りたくなって、教室の先生に聞いて試したところ、けっこういい写真が撮れたんです。だんだん猫を撮っていくうちに本格的にやってみたくなって写真クラブに入りました。そこで猫の“作品”を作るようになりました。
そのときに教えていただいた先生が「あなたの猫はおもしろいから、猫を徹底的に撮ってみてはどうですか」とおっしゃったので、じゃあ、撮ってみようと。
—動き回る猫を撮るのは難しいと思いますが、作品はどのように撮影するのですか。
猫がくるのを待ちます。撮りたい風景があって、そこに猫がくるのをひたすら待ちます。ほぼ広角レンズ16mm〜35mmを使い、猫の近くで撮るので望遠は使いませんね。
絵になる街小樽 × 大好きな猫
—この写真集の撮影地は小樽ですが、なぜ小樽だったのでしょう。
小樽は風景として撮っても素敵な街なので、そこに大好きな猫がいたら2倍いいな、と思いました。2014年の春、猫がいるのは漁港かな、と思って海岸線沿いに歩いていると「あ、いるじゃない!」と。写真をぽつぽつ撮って。秋ぐらいに行ったらまた猫がいる。冬はどうするんだろうと思いました。この2回目に訪れたときから、毎年冬の小樽通いが始まりました。
—どれくらいのペースで通っていたのですか。
札幌に実家があるので、滋賀から帰ると3週間から1カ月の間に、行ける範囲でほとんど毎日通っています。歩くと猫に会います。車がないと不便だな、とも思いますが、歩いているから会える猫がいますので。
猫がいなくても、冬の海水浴場など小樽は絵になりますよね。素敵な風景があるので、駅は一つひとつ降りて撮っています。
—冬の野良猫というと、寒くて辛そうですが。
冬の猫たちに会った時は、関心より心配が先に立ちました。でも冬になると脂肪を蓄えて、夏毛は冬毛になり、ひとまわりもふた回りもまるまるします。通っているうちに、猫が怯えていないことに気がつきました。漁師さんやそこで働いている方、猫をお世話している方々と出会うんです。同じ人に別な場所で何度も会う。猫パトロールしている人がいるんですね。ニコニコして猫を眺めている人が何人もいる。ここの猫たちは愛されているんだ。幸せじゃない? と思うようになりました。
土肥さんの、猫や人との距離感
—土肥さんが撮る猫の写真は、猫との距離が近い、猫が撮っているようにも感じられます。
写真を撮る時は「猫の世界の中に入らせていただきます」という心の中の儀式があります(笑)
そのタイミングがいつくるかわからないのですが、猫が私のことを意識しなくなる瞬間があって、そうなると猫が見たことのないおもしろい動きをしはじめるんです。そのとき「あ、猫の世界に入った!」と。
猫目線で猫の世界を撮りたいと思っています。人はその周りにいるのですが、私の写真には出てきません。「猿の惑星」という映画の猫バージョン「猫の惑星」ですね。撮る時はそういう世界観です。猫の社会を見せてもらっている。そこを写真に撮らせてもらっている、ということです。
—なるほど。土肥さんの写真の秘密がわかったような気がします。撮影で特別なエピソードがあったら教えてください。
私にくっついて、思ったことをしてくれる猫ちゃんがいました。この構図がいいな、ここに猫がいてくれたらいいな、とずっと思っていると、そういうところには、ほとんど来てくれるんです。ここにいてくれたらいいなと思ったら、そこにぴょんと来てくれる。気持ちが通じる猫ちゃんがいました。こういう子は珍しいかもしれません。
—土肥さんの心がわかる猫がいたんですね。人との出会いもたくさんありましたか。
他人の家の路地を撮ったりするので、私、怪しいですよね。ですから会う人会う人に挨拶をするようにしています。猫を撮っているうちに、あそこに猫がいるよ、うちに猫がいるから見せてあげる、と教えてもらうようになりました。
送ってくれたり、ご馳走してくれたり、お魚をたくさんくれたり。両手にカメラや機材を持って、リュックにお魚をいっぱい詰めて帰ったこともありました。
どこに行っても小樽の人はみんなやさしくて、私にはひとつも悪い思い出がないんです。
—小樽人としては、うれしい限りのエピソードですね。最後に土肥さんの目に映った小樽についてお聞かせください。
小樽では猫と人が共存していますよね。漁師さんは猫にネズミを獲ってもらっている。自然ってあるべきところで循環している。その中の猫、ということですね。
小樽の人も猫と同じだと思います。冬があるからって、可哀想なことではないですよね。雪も愛しているし、冬も愛している。小樽の人は自然とともに生きている感じがとてもします。
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とても華奢に見える土肥さんですが、タフさは猫にも負けないほど。猫たちはそんな彼女を自分たちの仲間と思い、迎えているのかもしれません。
あたたかい眼差しで、猫、人、街を見つめる土肥さん。この冬も小樽で良い出会いがたくさんありますように。
「北に生きる猫」 著者:土肥美帆 河出書房新社 価格:2,400円(税別)
小樽市内の書店(喜久屋書店小樽店、紀伊国屋書店小樽店、ヴィレッジヴァンガード小樽店)で販売。amazonでも購入可能。
河出書房新社 http://www.kawade.co.jp/
「北に生きる猫」出版コラボ企画
「北に生きる猫」を出版している河出書房新社と市立小樽図書館、市内3つの書店(喜久屋書店小樽店、紀伊国屋書店小樽店、ヴィレッジヴァンガード小樽店)が猫をテーマにコラボしています。
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